RecNo : 95009702
ID :
市町村ID :
種別 :
名称(漢字) : 戸倉城跡
名称(かな) : トクラジョウセキ
所在地コード : 130001
都道府県番号 : 13
所在地 : 東京都あきる野市戸倉328ほか
主な時代コード :
主な時代 :
指定区分 :
北緯(日本測地系) :
東経(日本測地系) :
北緯(世界測地系) : 35.72562
東経(世界測地系) : 139.2021
時代・遺跡種別コード :
時代・遺跡種別 : 史跡
面積 :
群集遺跡ID番号 :
遺構概要 :
遺物概要 : 名称_カナ:トクラジョウセキ、名称_英語:Tokura-jo Ato (Remains of Tokura Castle)文化財分類:都指定文化財、種類:史跡、所有者等:宗教法人 光厳寺 宗教法人 三島神社 個人、利用可能曜日:月火水木金土日、説明: 戸倉城は、あきる野市戸倉の五日市盆地を眼下に望む山頂に、室町時代から戦国時代にかけて築かれた山城です。 15世紀頃に武州南一揆(秋川谷から南多摩地域にかけての農村の武士集団)の一員として秋川谷に君臨した小宮氏が居城したとの伝承もありますが、築城・城主などは全く不明です。その後、天文15年(1546)頃、北條氏康の次男氏照が大石氏の名跡を継いで滝山城主となると、大石定久は戸倉に蟄居したと伝えられています。このことから戸倉城は、大石定久隠居城とも呼ばれています。 北條氏照が滝山城を拠点にして、甲斐の武田氏と対峙するようになると、檜原城が甲州口の押さえとなり、戸倉城は網代の城山・高月城を経て、滝山城や八王子城へと入ってくる情報を中継する機能をもつ城へとなっていったと考えられています。天正18年(1590)、八王子城の落城とともに廃城となりました。 今のところ発掘調査はなされていませんが、枡形(ますがた)・虎口(こぐち)・竪堀(たてぼり)などの遺構の跡が、現状からでも確認することができます。
発掘概要 :
その他概要 : 東京都:文化財一覧,https://catalog.data.metro.tokyo.lg.jp/dataset/t000021d0000000017(2021年3月19日時点)
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