RecNo : 91075976
ID :
市町村ID :
種別 :
名称(漢字) : 伊須流岐比古神社本殿及び拝殿
名称(かな) : いするぎひこじんじゃほんでんおよびはいでん
所在地コード : 174076.0
都道府県番号 : 17.0
所在地 : 石川県鹿島郡中能登町石動山子甲部1番地
主な時代コード :
主な時代 :
指定区分 :
北緯(日本測地系) :
東経(日本測地系) :
北緯(世界測地系) :
東経(世界測地系) :
時代・遺跡種別コード :
時代・遺跡種別 : 建造物
面積 :
群集遺跡ID番号 :
遺構概要 :
遺物概要 :
発掘概要 :
その他概要 : 〈文化財分類〉県指定文化財〈種類〉建造物〈場所名称〉伊須流岐比古神社〈所有者等〉石動山区〈文化財指定日〉1967/10/02〈説明〉現存の伊須流岐比古神社本殿は、承応2年(1653)から翌3年(1654)にかけて、加賀藩の手により、石動山頂の大御前(標高565メートル)に建てられた本社(大宮・客人宮)本殿であり、加賀藩御大工黒田太右衛門が工事を指揮した。桁行3間・梁行2間の身舎に、3間の向拝を付けた入母屋造り、平入り、銅板葺、千鳥破風付き、向拝に軒唐破風を加えている。もと柿葺であったのを、弘化3年(1846)に銅板に葺き替えしており、軒唐破風はこの時に付けられたようである。明治7年(1874)に山頂から現在地に移された。入母屋本殿は、石川県下で数少ない遺構の1つである。拝殿は、元禄14年(1701)に建てられ、もと神輿堂であったが、明治7年(1874)に本殿を移築した際、拝殿として転用したもので、梁行7間、桁行4間の大きな建造物。入母屋造り、平入り、銅板葺、装飾的なものをほとんどもたない。拝殿の前には、講堂跡の大きな礎石が並び、本殿の背後には五重塔跡や籠り堂跡、開山堂跡が残り、天正の焼失以前の石動山の姿がしのばれる。昭和60年「石川県の文化財」より〈URL〉https://www.town.nakanoto.ishikawa.jp/soshiki/soumu/5/5367.html
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