総覧抄録ID : 159273
要約 : 恭仁宮跡は、京都府南部の木津川市加茂町に位置する奈良時代の宮城跡である。国指定史跡に指定されており、「恭仁宮跡(山城国分寺跡)」として宮域の広い範囲が保護されている。天平12年(740)12月、聖武天皇は平城京から甕原へと遷都し、宮号を「大養徳恭仁大宮」と定めた。恭仁京が存続した時期は天平16年(744)までのわずか3年3箇月であったが、「墾田永年私財法」や「国分寺建立の詔」といった塔いjの国家政策が打ち出された地であり、仏教政策を中心とした鎮護国家を志す聖武天皇が主導して造営された都城であった。都が平城京に戻ったのちは、恭仁宮は山城国分寺となった。恭仁宮跡(山城国分寺跡)は奈良時代を象徴する人物である聖武天皇の治世における大きな画期となる宮城及び寺院であり、特に恭仁宮跡は、奈良時代半ばの国家中枢のあり方を如実に示す遺跡と位置づけられる。京都府教育委員会では昭和49年(1974)遺構、継続的に恭仁宮の実態を解明するための発掘調査を実施してきた。これまで実施された発掘調査は、令和6年(2024)3月時点で105次におよぶ。本書は、平成12年(2000)以降の調査成果24箇年分を中心に、発掘調査成果を総括した。
遺跡名 : 恭仁宮跡
都道府県 : 京都府
遺跡所在地 : 木津川市
市町村コード : 26214
北緯(世界測地系) : 34.765555
東経(世界測地系) : 135.861666
主な時代 : 奈良
時代・遺跡種別 : 宮都
主な遺構|主な遺構 : 塀|溝|建物
主な遺物|主な遺物 : 瓦|土器|銅製品
総覧URL : https://sitereports.nabunken.go.jp/142229
特記事項 : 恭仁宮跡(山城国分寺)の総括報告書
地域 :