総覧抄録ID : 138618
要約 : 本遺跡は、東京都文京区西片二丁目14番6号地内に所在する。西側に白山通り、東側に本郷通りがそれぞれ南北に走る。本調査地点は本郷台の台地上にあたる。本調査地点周辺で行われた試掘調査では、縄文時代前期の竪穴建物跡・近世の井戸・土坑が検出され、黒浜式・諸磯c式の土器、炻器、近世の陶磁器・炻器・土器が出土している。\n 本調査地点は、江戸時代を通して備後国福山藩阿部家の屋敷地にあたる。慶長15(1610)年頃、2代将軍秀忠から本遺跡周辺を屋敷地として拝領し、当初は10万坪以上の広大な敷地を有し、丸山屋敷と呼ばれていた。阿部家の屋敷地は江戸時代を通じて数度にわたって敷地の一部が上地されているが、幕末・維新期まで継続して屋敷を取得していた。安政2・3(1855・56)年頃の記録では、敷地全体の広さは59,750坪であったとされる。老中阿部正弘の頃、江戸城西の丸造営等の功績により一万石の加増を受け、これを財源として江戸の藩邸内と、国元である福山に藩校「誠之館」を設立する。本調査地点である文京区立誠之小学校は、この藩校「誠之館」からその名称を受け継いでいる。\n 本業差では、阿部家が丸山屋敷を拝領してから、文京区立誠之小学校になるまでの調査地周辺を含めた変遷を明らかにした。特に元禄・享保期から幕末に至るまでの期間においては、本調査地点が丸山屋敷内の詰人空間にあたり、少なくとも3軒の阿部家家臣の屋敷にあたると推定した。さらに、備後産炻器角徳利、関西産土器焙烙・瀬戸内産土器内耳鍋といった特徴的な遺物を取り上げ、この居住者の性格を推測した。
遺跡名 : 西片二丁目遺跡
都道府県 : 東京都
遺跡所在地 : 東京都文京区西片2-14-6
市町村コード : 13105
北緯(世界測地系) : 35.721
東経(世界測地系) : 139.7504
主な時代 : 縄文|弥生|古代(細分不明)|中世(細分不明)|江戸|明治
時代・遺跡種別 : 集落
主な遺構|主な遺構 : 地下室19|土取り穴4|土坑112|溝状遺構3|畝間溝3|井戸8|礎石2|小穴387|植栽痕9|建物基礎1|土坑1|溝状遺構2|小穴2
主な遺物|主な遺物 : 縄文土器|弥生土器|土師器|陶器・土器|磁器|陶器|炻器|土岐|瓦|土製品|金属製品|骨角貝製品|石製品|ガラス製品
総覧URL : https://sitereports.nabunken.go.jp/72669
特記事項 : 縄文時代中期の遺物を中心として出土しているが、遺構は発見されなかった。|江戸時代に調査地及びその周辺を屋敷地として拝領していた、備後国福山藩阿部家に関わる遺構、遺物が確認された。|誠之小学校の旧校舎の基礎と推測される遺構が確認された。\n\n総点数18,683点、総重量3,146,789.5g
地域 :